事の始めは、二週間ほど前に遡る。
ゼロスは何時もの如く、書類の山に埋もれていた。
必死に書類の束と格闘していると、『誰か』が自室に入ってくるのを感じた。
ゼロスは、その『誰か』を海王将軍シーリアであると認識した。
ので、ほっといた。

シーリアは、かなり長い間黙ってゼロスが自分のほうに気を向けるのを待っていたが、
二十七分と四十二秒でいいかげんキレた。
因みにこの数字は、シーリアとしては破格に短い。

「ゼロスッ!!リナ=インバースと結婚したって本当っ!!!???」

いい加減痺れを切らした彼女が叫んだ内容は、ゼロスの度肝を抜くのに充分過ぎる内容だった。
一体何を如何すればそんな話が出てくるのか・・・そこで漸くゼロスはシーリアの方を向いた。

そして。

固まった。


「・・・・・・・・・・・・シ、シーリアさん、ですか・・・・・・?」

やっとの事で。ゼロスは、漸くそれだけ言った。

「ん?」

 ゼロスの目に写る彼女は、何を言われたのか分からない。といった態で、ポカンとしてゼロスを見た。
ゼロスは彼女を未だ殆ど固まってる頭で凝視し、観察する。

 シーリアは、紺色の髪を上で一つに束ねており、
 濃緑色の瞳に、ゆったりとした、動きやすさ重視の剣士の格好をしている。

 しかし、目の前に居る彼女は、
 ふわりと広がる柔かそうな栗色の髪に、紅き瞳。
 一般的な魔道師の服装をしている。

  大体、身長からしてかなり小柄になっているし、
  さらに言えば、どーでもいいが胸も無くな・・・(自主規制)


つまり、シーリアは、普段とはまったく別の姿をしていたのだ。
まあ、海王将軍といえば魔族も魔族。とんでもない超高位魔族だ。
本来とは違う姿をしていた所でなんら可笑しくは無い。
寧ろ、異常なのはゼロスの反応の方。
しかし、一口に違う姿とは言っても、その姿が大問題だった。
シーリアがしていたのは、『リナ=インバースの格好』だったのだから。

「シ、シーリアさんっ!!!何なんですかっ!その格好はっ!!!」
「だから何・・・・・・って、あっ。」
自分の姿をまじまじと見る、
「・・・しまった・・・・・・。」
「き、気付いてなかったんですか・・・・・・」


しゅんっ


「シーリアさん。あなたは、僕をからかいに来たんですか?」
シーリアが普段の姿へと変じたのを見届けてからゼロスは言った。
顔こそニコニコ笑っているが、その声は全く笑っては居ない。

シーリアとて、腹心に次ぐ実力の持ち主を敵に回したくは無かった。

「そ、そうじゃないのよっ!これは仕事で・・・・・・」
そしてシーリアは長々と話し出した。
シーリアの話を纏めると、大体こういう事だ。

シーリアは海王の命を受け、と、ある城に保管されている魔道具を破壊しようとした。
そしてその際、適当な高名な魔道士の姿と名前を借りる必要があり、
その対象に、リナ=インバースを選んだ。
これは本題とは関係がない。借りたとは言え、きちんと関係者の記憶も消しておいたと言う。
仕事を終えた後、褒美にシーリアは休暇を与えられていた。
休暇といっても何をすればいいか分からなかったので、
やはり適当に、辺境の方のそこそこ大きな町で買い食いをしていたという。
そのとき、特に何も考えていなかったので、リナ=インバースの姿のままにしていた。
すると、何処にでも居そうな町のお喋りおばさん達に捉まってしまったのだという。
おばさん達は、シーリアに非常に親しげに話しかけてきた。
また、「リナ」とまで呼んだので、本物のリナと間違えられているのだと思った。
が、話がおかしい。

彼女達の話を総合すると、「リナ」は一月ほど前、この町で結婚式を挙げたという。
相手の名は、ゼロス。
恐る恐る聞いてみた、外見的特長なども、間違いなく、
シーリアの良く知っている、獣神官ゼロスが普段とる姿と一致したというのだ。


「それでてっきり、ゼロスが影でこっそりリナ=インバースと
 結婚してたんじゃないかと思ったんだけど・・・・・・」
確かにそれなら説明つくが、そう考えられるシーリアの思考回路も謎だ。


「そう言われましても・・・・・・」

勿論、ゼロスに思い当たる節は無い。

「・・・・・・・・・・・・イシル。」

長い沈黙の後、シーリアがぽつりと一言告げた。

「はい?」

「だから、イシルよ。アメルスの東の方にある街。それとも、行かないの?」

アメルス公国。沿岸諸国の中でも取り分け小さな国。

イシルと言えば、アメルスの東の外れの主要街道から少し外れた所に・・・・・・

「いえ、行きます。」

「あ、後余計かも知れないけど、ラグドでメウィルオーザを見かけ・・・って・・・・・・・」

告げようにも、ゼロスは既にその場に居ない。

「あのゼロスがあんなに慌るとは・・・・・・
 やはりリナ=インバースと恋人同士だというのは本当なのか・・・」

本人に耳にされれば即刻滅ぼされかねないような事を呟いたシーリアは、
結局は他人事。と気にしない事に決めこんだが、
ゼロスが飛び出した事を獣王に告げなくてはならないのが他ならぬ自分と気付き、
「仕事以外でもう二度とゼロスと関わるものか」
と、生まれてよりこの方、もう何度目か分からぬ決意を固めるのだった。





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